第3回「セリシンの魅力」
*INDEX*
Ⅰ.シルクに含まれる二つのタンパク質
Ⅱ.徐々に変化するセリシン層の役割
Ⅲ.セリシンのアミノ酸組成
Ⅳ.余談:精練の順序によるアレコレ
Ⅰ.シルクに含まれる二つのタンパク質
シルクは二つのタンパク質で作られています。
【画像提供:東京農業大学 長島孝行】
中心部分に「フィブロイン」、そのフィブロインを覆うように「セリシン」があります。
シルク=絹糸となる部分はフィブロインです。美しく光沢がある繊維で、数千年にわたって人々を魅了してきました。絹生活研究所の母体である株式会社きものブレインは、シルクで織られた着物を愛するお客様のために、シミ抜きなどのお手入れや加工技術を提供している会社です。
そんな絹糸となるフィブロインの周りにあるセリシンは、ほとんど捨てられてしまう脇役のような存在でしたが、調べてみると実は大変面白い構造と役割を果たしています。
Ⅱ.徐々に変化するセリシン層の役割
フィブロインを包むセリシンは、質的に異なるいくつかの層によってできています。タンパク質であるため、人肌と同じく18~20種類のアミノ酸で構成されています。各層はそれぞれアミノ酸の構成に差があり、水やアルカリへの溶けやすさに違いが生まれます。内側になるほど、特にフィブロインと接しているセリシン層は、最も水に溶けにくくなっています。
さらに、最も内側のセリシン層には「繭糸ロウ」と呼ばれるミツロウに似たロウ質物が含まれています。繭糸が生み出される前、セリシンとフィブロインが液状絹という状態のときに、セリシンとフィブロインがまじりあうのを防いだり、秩序良く整えたり、フィブロインが固まることを防いだりする役割を持っています。
わずか0.02mmほどの太さしかない絹糸ですが、接着剤のようにフィブロインを守るセリシンは絹糸にとって欠かせない重要な存在です。
さらに、繭をほぐして糸を取り出すときにも、セリシンは大活躍をします。とても細い繭糸を撚糸にする(ねじる)ことなく生糸にできるのも、フィブロインの周りにセリシンが接着してくれているからです。
その後、“精練”という作業を経て、セリシンを取り除き、みなさんが良く知る美しい光沢をもつことになります。
Ⅲ.セリシンのアミノ酸組成
セリシンの各層は、それぞれアミノ酸組成が異なりますが、化粧品原料として抽出したセリシン「加水分解セリシン」を分析すると、人の肌に存在する天然保湿因子NMFと構造がとても良く似ています。絹糸となるフィブロインが長い間大切にされ、セリシンはほとんど捨てられてきましたが、絹糸をあつかう作業者の手が、とても美しいということは長年言われてきました。
セリシンについて科学的に研究が進んだのはここ数十年くらいです。調べれば調べるほど人の肌との親和性がわかり、化粧品分野はもちろん、医療、食品、サプリメント…とさまざまな分野への応用が進んでいます。
Ⅳ.余談:精練の順序によるアレコレ
前述した“精練”作業について、当社の母体は着物の会社ですので、新入社員は精練を含め、絹織物や染色について研修で学びます。深入りすると大変マニアックな世界ですので、代表的なものを一部ご紹介します。
絹織物は、“精練”をどの段階でおこなうかによって、まったく質感の異なる織物となり、先練織物と後練織物で分けられます。
・先練織物
糸の段階で精練した「練糸」を使います。先に染めた糸を使って織る場合もあれば、無地で織ってあとで染める場合もあります。紬(つむぎ)が代表例ですが、若干セリシンを残していることも多く、ふんわりとした優しい自然な風合いのものが多く、ふだん着のイメージが多いです。
・後練り織物
生地を織ったあとに精練した生地です。白生地ができるため、そのあとに様々な染色をおこないます。縮緬や羽二重といった、どちらかというと礼装に使われることが多いイメージです。
後練り織物の代表格である「縮緬」には“しぼ”と呼ばれる独特の縮みがありますが、これについてもセリシンが活躍しています。糸を作る段階や生地を織る段階で、複雑にねじられた撚糸を使用しますが、セリシンはその接着力で撚りが戻ろうとする力を抑えています。織ったあとに精練を行ってセリシンを落とすと、その力が解放され、生地が収縮して独特のしぼが生まれます。
“糸”として長年活躍し、現在は化粧品分野でも活躍を見せるセリシンですが、抽出する方法も複数存在します。肌への保護的役割なら高分子、角質細胞の隙間を埋める役割なら低分子、あるいはバランスよく低~中~高分子にするなど、目的によって使い分けられるよう日々研究を重ねています。
<参考>
小松計一 「シルクへの招待」 株式会社サイエンスハウス(1997)
小松計一 「繭糸ロウに関する化学的研究」蚕糸試験場報告23巻5号(1969)
小林勝利・鳥山國史 「シルクのはなし」 技報堂出版(1993)
皆川基 「絹の科学」 関西衣生活研究会 (1981年)